〜今宵、月明かりの下で〜

 鬼に穢された京。龍神の神子と出会い。そして冒険。
守らなければいけない方が増えてしまった。
でもそれは私自身の好意。そして、義務。
 今までの人生の中で、貴方のような方と関わるとは、思っていなかった・・・。

―― "帝" その名を貴方様の口から聞きたくない。

…所詮叶わぬ思い、この太刀で切り裂いてしまいたいくらいだ。

今夜、私が貴方を抱きしめてしまえば、その口から名を聞いてしまうだろう。

しかしきっと、後悔は抱かない。

するとすれば、貴方の気持ちを考えたとき。帝を思うその心に…。


「頼久、・・・いますか?」
 月のよく輝く綺麗な晩、永泉は頼久に呼ばれ部屋を訪れていた。
もう3月にもなるというのに、時より吹く風が永泉の頬を優しく撫でた。

「・・頼久?」
 呼んでも応答がないので、永泉は心配になって部屋のなかを覗いた。
しかし中には人一人いなかった。

 どうしたんだろうと首を傾げている永泉の背後に、突然影が忍び寄った。


「永泉様っ、もう来ていらしてたんですか!
お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 頼久は慌てながら、永泉に中に入った。

「どうしたのですか、頼久?慌てるなどあなたらしくない」

 くすっと微笑した永泉の横顔はまるで女のように愛らしかった。

普段は衣服を身に纏っているため身体のラインはわからない、
しかしその細い指先が、
永泉は華奢な身体ということを物語っていた。
深い目眩に襲われながらも、頼久は静かに腰を下ろし永泉の横に座った。



「・・・それで、何か用事でもあったのですよね?」
 ようやく落ち着きを取り戻した頼久に、永泉は問う。

「・・・永泉様・・・」

「・・・」
 何から話せばいいのか言葉に詰まり、うまく言い表せない頼久に
永泉はじっとだまり返事を待っていた。

 呼んだからには引き返せない。
たとえ拒まれたとしても、気持ちだけでも伝えたかった。

 伝えてはいけないと分かっていた。
しかし、止められないのだ。永泉を強く思うこの気持ちを。

 そして何を思ったのか、頼久は自分の手を握りしめた。
隣にいる永泉にまでも分かるくらい強く強く、傷までつくくらい強く。

「永泉様、私は・・・、帝に強く嫉妬心を抱いてしまうのです」

 頼久の手に血がにじみ出てきた。

「・・・・頼久・・、何故そのような・・・」
 永泉の目の色が変わった。

「何故・・・ですか?私が貴方様を強く思ってしまったからです・・・」
 そう言い終えるか否や、頼久は永泉を包み込むように抱きしめた。

 暖かかった。そしてやはり華奢な体つきだと、頼久は実感した。

「・・・!、・・・・私はっ・・・」

「・・承知しています。私は、永泉様をこうやって抱きしめられただけで幸せです」
 するっと手を離し、苦しい表情を浮かべながら髪を掻き上げた。

「頼久、・・答えられなくて・・・すみません」
 頼久の突然の行動に動揺をかくせずに、永泉は答えた。

「いいのです。ですから・・・、どうか謝らないでください」
 頼久は、狂おしい気持ちを抱きしめながら微笑んだ。

そして最後まで謝りながら、頼久の部屋をあとにした。
皮肉なほどに美しい月は、頼久の心をくるしめた。


 伝えてはいけないとわかっていた。己を苦しめるだけとわかっていた。

 自分以上に相手を傷つけることも、苦しめることも・・・。

 それでも明日からは、変われる。

 今、思いを捨てたから。
 
 だから、一番に守りたいのです。この命に代えても・・・・

=END=

by.marina

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